昔々、街はずれの廃墟に、一匹の黒猫が暮らしていました。
ある夜、ひとりの少年が現れました。
家族に内緒で、ミルクとパンを持って。
少年は優しい声で話しかけます。
「こんばんは、黒猫ちゃん」
それから毎晩、黒猫は少年が来るのを心待ちにしていました。
しかしある晩、黒猫は見知らぬ男に連れ去られ、大きな屋敷でその男の娘と暮らすことになりました。
暖かな部屋と美味しい食事。
少女にも愛され、幸せな毎日でした。
ただひとつ――外へ出ることだけは許されません。
ある嵐の夜、屋根裏の窓に小さな隙間ができました。
その夜から黒猫は、少女が眠ると屋敷を抜け出し、夜の街を歩くようになりました。
そしてある晩――
見覚えのある道の先に、あの廃墟を見つけました。
少年と出会った、あの場所。
黒猫はそこで、少年を待ち始めました。
月が昇るたび。
夜が来るたび。
名前さえ知らない、たったひとりの少年を。
真夜中の黒猫は、今日もそこで待っています。
――Chat Noir de Minuit
昔々、廃墟に暮らす黒猫のもとへ、毎晩ひとりの少年がパンと小瓶に入れたミルクを届けていました。
ある晩、いつものように廃墟に向かうと、黒猫が見知らぬ男に連れ去られていくところでした。
少年は必死に後を追いました。辿り着いたのは街の外れの大きな屋敷。
屋敷の窓からそっと中を覗くと、屋敷の中には一人の少女がいました。
少女は黒猫を優しく抱きしめ、食事を与えました。
少女に撫でられ、安心したように目をつむる黒猫を見て少年はつぶやきました。
「……よかったね、黒猫ちゃん」
この場所なら、黒猫はもう寒い夜に震えることもない。
少年は寂しそうに微笑み、誰にも気づかれることなく屋敷をあとにしました。
でも、月の綺麗な夜には、あの廃墟を思い出しました。
街で黒猫を見かければ振り返り、ミルクを買えばあの小さな瓶を見て黒猫を想いました。
黒猫もまた、少年を忘れられませんでした。
やがて屋敷を抜け出した黒猫は、あの廃墟へ戻り、毎晩少年を待ち続けます。
まだ二人と黒猫は知りません。
やがて少年が青年になり、屋敷を訪れ、少女と出会い、黒猫と再会する未来。
それは、誰も知らない遠い夜の向こうのお話。